黒柳徹子さん(年末の徹子の部屋で)…「来年はどんな年になりそうですか?」
タモリさん…「新しい戦前といったところでしょうか」 以前、ウクライナ戦争についてどう思うかと聞かれたタモリさん。その時は何も答えませんでした。それが今回はなぜ? タモリさんのこと、感じる何かがあったのでしょう。「新しい戦前」…巷では今も色んな解釈がされています。「さすが大物」の言葉ですね。そして年末には同趣旨の発言を吉永小百合さんもしています。タモリさんは平生から自己の思いを、跳ね馬の如く喋りまくる軽薄短小な御仁ではありません。ですからきっと戦争の足音を怜悧な感覚で聞かれたのだと思っています。そこで今日は、タモリさんの言葉で感じたことを、またぞろダラダラと書いてみようと思います。 閑話の類です。何卒ご了承ください。では…
疑問(81)タモリの新しい戦前
まず最初…今ってそれほど危なっかしい時なのでしょうか? そこで政治の世界を~と見ると、臆病者のケンカのように、話合う事など、きれいさっぱり忘却中です。ただひたすら罵り合う日々。僅かに話し合うとしたら、自分に従順でエコーチェンバーのような同輩に限られていませんか? そうそう歯の浮くようなお世辞や甘言を投げかけてくれるけど「我が国の価値観こそNo1」といった鼻持ちならない正義を押し付けるあのボスもいますね。最近の萎縮外交を見ていると「陰に隠れないで、嫌な人こそ会って話をしなさいよ」と切に言いたいですね。またケンカの双方が「我が国は正義を完遂し…」を一つ覚えの呪文の如く唱えるウクライナ戦争など狂気の様相です。もっともそれは当初から米国とロシアの代理戦争と言われています。ただテレビを観ていると、ウクライナ人へのインタビューでどれだけの人が「ロシアに絶対勝ってほしい」などと言っていますか? たいていは「この戦争、なにはともあれ早く終わってほしい」ですよね。プライドなんて生きていてこそ価値のあるものです。しかしメディアは、すべからく米欧は善、ロシアはすべからく悪といった勧善懲悪の思考態度を貫徹したまま、この戦争を煽ることに一途です。例えば欧米からの「ロシアは国連憲章違反」だという非難に対して、日本国内でも「違反してない」という意見(佐藤優、副島隆彦など)もあるのにメディアは全く取り上げません(むしろそうした発言者にロシアのスパイといったレッテルを貼る人もいるくらいです)。またテレビのコメンテーターも、多くは米国シンクタンク(日本のメディアによく登場するCSIS戦略国際問題研究所、ISW戦争研究所など米国には国際関係と安全保障関係のシンクタンクだけで46あります)への出向経験者、つまり言ってみれば米国の思想洗礼を受けたロビイストのような発言に終始し中立的で学問的な論考を述べることなく、常に欧米の視点に依拠してこの戦争を煽るだけの人たちがいます。同様の現象は中国との尖閣問題でも同様で、外交折衝の努力も全くなされず、「我が国固有の領土」を声高に日々連呼しながら(当然、領海や排他的経済水域などの範囲も双方で見解は分かれたまま)、古文書発見合戦に狂奔するだけの怠惰な日々です。ただ政府とその方針に忠実なメディアによる「煽り」の効果でしょう、ロシアや中国や北朝鮮の危険(ならず者)国家キャンペーンが奏功してか、国民に一定の恐怖心を植え付け、今回はみごと敵基地攻撃を含む軍備増強のチャンスを自公政権は手にすることができました。米大統領から賛辞あるいは甘言を頂戴した首相は「永遠の友を得た」ごとくのはしゃぎぶりでしたが、近いうちに賛辞→惨事であることは老獪と稚児の関係を見るようで哀れです。また軍備増強には反対すると思われた公明党が意外や意外、簡単に軍門にくだったのは、折からの旧統一教会問題で生じたマインドコントロールや宗教二世などの問題が創価学会を揺さぶり、自公の駆け引きに使われたのではと疑ってしまいます。その意味では自民党に手練手管の策や運が巡ってきたのでしょう。さらに今も解決しない政府による日本学術会議会員の任命拒否問題も、兵器開発にそうした知力を傾斜させる一大方向転換として大きな布石ともなりそうです。いづれにしても今は戦前の鬼畜米英のスローガン、あるいは大本営発表のように二項対立的な思考や小気味よいフェイクの言辞が巷を飛び交い席巻しています。戦前、俳人渡辺白泉の詠んだ俳句にこんなのがあります。『戦争が廊下の奥にたってゐた』…どうですこれ。きっとタモリさんの一言も、こんな気持ちだったのではないでしょうか。
おしまい…
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