皇室典範の改正案が今国会中に決まりそうです。ただ最後まで論点は本質に迫ろうとはしていません。そこでは反対意見といっても立憲民主党のように「旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える規定の部分削除」などといった、巷でよく聞くジェンダー問題に矮小化したような性格のものです。つまり「男女同権の時代に男系男子だけとはなんだ」といったような単純明解さですが、まさに皇室タブーに関わるある種の地雷を踏む危険を避けた、哀しくなるほど月並みな意見に収斂してしまったことです。<ただ玉川徹氏は知る中で唯一モーニングショーで触れておられました>
そもそも今回の皇室典範改正論議は何が良くなかったのでしょう。そこで今日のHatenaは「173皇族になりたくない人は?」に続く第二弾です…でははじまりはじまり~
176・皇室に自由を!

<20026/7苗木城跡>
つまり日本の皇族には日本国民のだれもが持つ「基本的人権」がないことにこそ、今回の皇室典範改正問題の俎上にも挙げ、議論されるべきであったと思っています。そこでこの点についてちょっと補足。まず皇室=天皇+皇族ですが、これらの方々はます「姓」や「戸籍」がありません。例えば「秋篠宮」「常陸宮」は天皇から「宮号」として与えられた呼称です。そして自由と権利についてですが、国民には当然のごとくある下記の権利がありません。それは表現の自由、移動の自由、職業選択の自由、選挙権、被選挙権などがありません。ただ女性の場合は、15歳以上の内親王、王、女王であれば皇室会議の承認を得られれば結婚前でも皇族の身分を離脱できるのですが、それが皇族男子は一生、天皇あるいは皇族としてこうした不自由な生活、まさに亡くなるまで籠の鳥状態が続くのです。民主国家を建て前とする日本国で、こんな理不尽が今もまかり通っていいのでしょうか。残念ながら与党自民党から日本共産党に至るまで、こうした問題に対する議論には消極的もしくは無視です。以前、秋篠宮ご自身が、「皇族だって生身の人間です」と発言されたことがありました。しかしその時もマスコミの反応は冷ややかなものでした。それは今の天皇の置かれた象徴といった概念そのものの空疎さが根本にあるからかも知れません。そしてまた、この問題に触れることで起きる激震を予想し怯えてか、今回の皇室典範改正でもこの問題には「沈黙は金」が最後まで貫徹されてしまいました。その結果、ご自身の自発的意思によらず、これからも堀の中のような生活を強いられ続けられるのかと思うと、お気の毒でなりません。
<注>象徴としての天皇については、宮内庁こども向けホームページくないちょうきっずも読んでみてください。

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